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ECJのヒストリー

エミネクロス・クリエイツジャパンの歴史

第1章 出会い

二人の最初の出会いを教えてください。

辻:最初に出会ったのは、私が慶應大学病院で研修医をやっていたときだったと思うんですが、もう20年以上前のことなので明確には覚えていませんね。

布施:先生は研修医をやっていましたよ。私は、まだ慶應大学の学生で毎日野球に励んでいた時期でしたね。

辻:そうだったね。私も何度か神宮球場に足を運んで早慶戦の野球を見に行った記憶があるけど、直接会ったり、しゃべったりしたことはなかったんじゃないかな。私は当時研修医で、1日20時間くらい働いていた時期だったね。

布施:私も明確には覚えていないのですが、しゃべったとしても挨拶くらいだったはずです。今の私の妻と先生の妹さんが親友で、実はその関係で先生のお宅には何度も行ったことがあるんです。たぶん神宮のチケットも私が取ったものかも知れませんね。

辻:そうだったのかなあ。勝敗は忘れたけどとにかく応援で盛り上がっていました。

布施:先生のご家族が代々お医者様ということも知っていたので、当時はメディカルドクターの辻先生という印象しかなかったですね。

辻:私ももちろん、当時は野球選手の布施君しか知らないからね。

20年近く前にもう出会われていたのですね。
当時は将来一緒にお仕事をされることは、考えていたのでしょうか。

辻:まったく思ってないですよ。私も医者をずっと続けようと思っていましたから。

布施:私も無いです。総合商社に入ってバリバリビジネス界でやってやろうと思っていたので、まさか、ドクターである辻先生とビジネス界に進もうと考えていた私が一緒にお仕事するようになるとは、思ってもなかったですね。当時は野球に夢中でしたし。

辻:当時から心理学とかには興味あったの。

布施:心理学というよりも、野球選手として本番に強くなるためにはどうしたらいいのだろうと真剣に、悩んでいました。例えばリーグ戦が開幕する前になると盲腸になって入院することにならないかなと思っていたこともありました。レギュラーで出たいのですが、出るのが怖いのです。この感じわかりますか。盲腸だったら公傷みたいな感じですね。あるといえばありました。ただ、大学院で学ぼうという気はありませんでしたし、まさか、お仕事にするとも思ってもいません。当時出ていた心理学関係の本を何冊か読んだくらいです。
やはり選手としては思いきったプレーが出来ないなという悩みは常に抱えていましたね。選手での経験もあったので、当時からメンタルタフネスが必要だなという感覚は持っていましたね。先生は、何故メンタルに興味を持ったのですか。

辻:30歳まで内科医をやっていたのですが、疾病患者を診るドクターは何も自分がやらなくてもとなぜか思い、よりよくなることをサポートするというスポーツ医学にまず転向したのです。ちょうど慶應の日吉のキャンパスにスポーツ医学研究センターが立ち上がったので慶應病院をやめそちらへ思い切って移ったのです。ラッキーでした。
その後、慶應のスポ研で体育会のコンディションサポートと生活習慣病に対するライフスタイルマネージメントの勉強を5・6年しているうちにメンタルに興味を持つようになりました。なぜかはこれから話しますね。布施君の話も聞きたいです。

20年前に出会っていた二人ですが、当時はまだ顔見知り程度の関係でした。
当時はメディカルドクターの辻秀一とスポーツ選手で総合商社への就職を決めていた布施努。
どう考えても交わるはずの無かった二人がどのように交わっていくのか、次回再開編に続きます。